- 公開日:
- 最新更新日:
DXで区市町村の垣根を超える──「本当の意味での標準化」をめざして
- インタビュー記事
- プロジェクト
- 他の官公庁からの転職
- 民間企業からの転職
- 区市町村DX

デジタルの力を最大限発揮することで、行政サービスの変革をめざす東京都。GovTech(ガブテック)東京に所属する杉井とデジタルサービス局に所属する神喰(かみじき) は、区市町村の基幹システムの標準化・共通化をサポートしています。二人が語る、行政ならではのDXの苦労とやりがい、そしてDXで描く未来とは。
杉井(GovTech東京)
GovTech東京 テクノロジー本部 テクニカルグループ・エキスパート。ソフトウェア会社や大手SIerでPMやアジャイル推進などを担当。その後、スタートアップでのSaaS開発責任者などを経て、2022年東京都庁に入庁。区市町村のDX推進支援に携わる。2023年9月よりGovTech東京に所属。
神喰(東京都/ICT職)
デジタルサービス局戦略部 区市町村DX協働課 区市町村DX協働担当。2017年川崎市に入職。上下水道局でシステム導入やRPA実証検証などに従事。2021年東京都庁に入庁。区市町村支援のDX推進支援を担当し、マイナポイント事業などに携わる。2023年より自治体情報システムの標準化・共通化を担当。
2025年度末までに自治体情報システムの標準化・共通化を実現する

杉井さんと神喰さんは、区市町村DXの支援に携わっているとのことですが、まずは取組の概要を教えてください。
神喰:総務省が2020年に策定した「自治体DX推進計画」の重点取り組み事項の一つに、「自治体の情報システムの標準化・共通化」があります。現在は、自治体ごとに別々の基幹業務システムを使っているのですが、2025年度末までに統一し、ガバメントクラウド(政府共通のクラウドサービスの利用環境)に移行することをめざしていて、東京都にある62の自治体でもこの動きを進めています。
私たちデジタルサービス局は、各自治体が直面している課題やニーズを把握しながら、一緒に解決し、QOS(Quality of Service/サービスの質)を向上していく役割です。その中で杉井さんと私は、島しょ部や町村部を担当しています。
杉井:この取組はあまり知られていないのですが、実は各自治体の情報システム部門にとって、かなり重要な課題なんです。とくにクラウド移行に関しては知見のある職員が少ないこともあり、私のように民間でクラウドに関わっていた職員がサポートに入っています。
杉井さんは現在、2023年9月に設立された「GovTech東京」の所属で、神喰さんはデジタルサービス局の所属です。お二人はどのような役割分担になっているのでしょうか?
杉井:大きな役割分担としては、デジタルサービス局が行政側の窓口として全体を見て、GovTech東京が技術面に関して専門性のあるアドバイスを行っていくというイメージです。
ただ、私自身、GovTech東京設立前はデジタルサービス局で区市町村DXに関わっていたこともあり、今の時点では明確に線引きをせず、密に連携しながら進めています。
神喰:私は、ICT職という都庁各局の事業においてICTを活用するためのコンサルティングを行う役割なので、ITの専門性を持った行政職員という立ち位置です。一方で、杉井さんが所属するGovTech東京は、技術的により高度な専門性を持った人材が集まっています。
今後は、技術検証やプロジェクトマネジメントが必要になった時に、デジタルサービス局からGovTech東京に依頼する形になっていくと思います。
区市町村DX支援の中でも、島しょ部や町村部を担当されているとのことですが、サポートする上で心がけていることはありますか?
神喰:比較的小規模な自治体ということもあり、システム担当者が他の業務も兼任していることがほとんどです。そうなると、担当者によって知識や理解度は千差万別。杓子定規にコミュニケーションをとってしまうと、齟齬が生じるんです。自治体ごとの状況を整理して、各担当者に合ったコミュニケーションをとることを心がけています。
杉井:そうですね。状況も課題もバラバラなので、表面的なコミュニケーションでは正しく把握できませんし、そもそも何に悩んでいるのかを話してもらえません。そのため、できるだけ会いにいくようにしています。「私たちは課題解決にフルコミットするために来ました」という意志を示して、現場を見せてもらうようにしているんです。
現場というのは、実際に住民の方たちに対応している窓口です。システムを標準化するといっても、細かい運用は自治体ごとで異なりますから、現場の人の悩みをもっと知った上で課題解決していくことが大事だと考えています。
「本当の意味での標準化」は、自治体間で協力できる体制を作ること

DXに関して、島しょ部や町村部でとくに課題になっていることはありますか?
神喰:デジタルなことよりも、職員数が減ってきていたり、インフラの整備が追いついていなかったりという課題が多いですね。システムを入れることで業務負担が減るという効果は見込めるものの、そもそも職員数が足りなくてシステム導入まで手が回らないという現状があるように感じます。
杉井:DXは、急に便利になって効果が出るものではなくて、先を見据えて長期的に取り組まなければいけません。短期的に見ると、システムが変われば運用も変わるし、標準化するメリットを感じにくいんですよね。「本当の意味での標準化」を進めていくためにも、私たちがもっとメリットを発信していく必要があります。
「本当の意味での標準化」というのは、どういったことでしょうか?
杉井:たとえば、同じシステムを使うことで、事務作業も共通化していくことができます。そうすると、忙しい時期に近隣の自治体と協力し合うことができますし、業務の平準化にもつながります。「今日は担当者がいないから、隣の自治体に頼もう」ということができれば、職員数が足りないという課題にも対応できます。
神喰:それと似た話では、システム運用に関するノウハウも標準化できますよね。システムの設定などに関して自治体から問い合わせをもらうことがあるのですが、ほかの自治体の事例などを紹介することで解決できることがあるんです。
私たちがハブとなってノウハウを共有していくことで、自治体間の連携を進めることができると感じます。
先を見据えた課題まで手が回らない自治体が多いというお話でしたが、支援するにあたり、大変なことは何ですか?
杉井:先ほど、「できるだけ会いにいく」と格好良く言いましたが、実際はなかなか時間を割いてもらえないこともあります。皆さん、業務を兼任していて忙しいので、長期的な取組に向けたヒアリングの時間を確保してもらうのが難しいんです。
神喰:これは、東京都と連携することで何かが変わったという実感の積み重ねが足りていないことが原因かなと考えています。
もちろん、システムを標準化しても、いきなり現場の人たちの仕事が減るわけではありません。だからこそ、メリットのある情報を提供して、小さなことでも課題を解決することを繰り返し、信頼関係を築くことが必要だと考えています。
国家規模のエキサイティングな事業に、日本の「ど真ん中」で挑戦できる

杉井さんは、民間で20年ほどキャリアを積んだあと、行政に転職されています。行政の中に入ろうと思った理由を教えてください。
杉井:実は、深い理由はないんです。Slerやスタートアップでいろいろな仕事をしてきて、「新しい分野に挑戦してみたい」と思っていたところに東京都の募集を見つけたので、軽い気持ちで応募しました。
デジタル分野で実績のある宮坂 学さんが副知事ということもあり、ストレスの少ない環境で仕事ができるのではないかと思ったんです。
実際に行政の仕事をしてみて、どんな魅力ややりがいを感じていますか?
杉井:基幹業務システムのガバメントクラウド移行というのは、一大国家事業だと思います。そんなエキサイティングな事業を、東京という日本のど真ん中でできていることがおもしろいですね。
民間企業の場合、他社とは競争になりますが、自治体同士は仲間という意識があります。仲間なら成功した事例を横展開することができるので、レバレッジが利くんです。それを広めれば広めるほど社会が良くなるというのは魅力的ですよね。
神喰さんは川崎市の行政事務職から東京都に転職されていますが、どういったきっかけだったのでしょうか?
神喰:もともと大学でITの勉強をしていて、川崎市でも最初は情報システム部門に配属されました。ただ、次に配属されたのは全くITに関係のない部署。行政事務職は仕事の範囲が幅広く、定期的に異動もあるため、ITの仕事を続けたいと思っても運の要素が大きいんです。
公務員でITの仕事を続けるという選択肢を探していたところ、東京都が ICT職を募集すると知ったことが、転職のきっかけです。
行政のIT専門職は、なぜかあまり注目されていないのですが、今の時代にとても重要な仕事なので、専門性を持ってやっていける環境が必要だと考えています。
東京都に入って、驚いたことや戸惑ったことはありますか?
神喰:いろいろなことがドラスティックに決まって、変化していくスピード感が早いですよね。行政は実行までのプロセスが多く、「やる」と決めることも、「どうやるか」を決めることも時間がかかるのですが、東京都は決まったら一気に進む文化があると感じます。
杉井:確かに、GovTech東京の立ち上げも早かったですね。
私は民間から入った立場なので、ほとんどのことが法律や制度に基づいて決められていることに戸惑いました。そのぶん制約も多いので、行政の仕組みを理解することが必要です。
神喰:これから入る方も、うまくいかない場面や苦労することの方が多いかもしれません。でも、それも含めて「おもしろそう」と飛び込めるかどうかが大事だと思います。
東京都が自治体の進むべき道筋を示し、新たなエコシステムを作っていく

自治体のDXを推進する上で、東京都はどのような役割を果たすべきだと考えていますか?
神喰:「進むべき道筋を示して、鼓舞することを諦めない」ということだと思います。
政策や計画は国が決めても、実行やめざすべき水準の決定は自治体に任されるということは少なくありません。その中で先日、「東京デジタル2030ビジョン」が策定され、東京都がめざす2030年のビジョンが提示されました。
抽象的な部分はありつつも、進むべき方向が示されたので、あとは私たちが諦めずにサポートし続けることが大事だと考えています。
杉井:広域自治体かつ日本で一番大きな自治体として、手本になることを実行するべきですよね。いろいろな区市町村で同じように手間がかかることがあるなら、私たちが巻き取って、区市町村の方たちには窓口サービスの向上に注力してもらう。
日本で一番手厚いサポートをしているのが東京都でなくてはいけないし、そこにプライドを持つことが必要だと思います。
──現在は2025年度末までに「自治体の情報システムの標準化・共通化」を実現することが大きな目標だと思いますが、その先の展望や挑戦したいことを教えてください。
神喰:先ほどの大きなビジョンとは真逆の話になってしまいますが、自治体はもっと良い道具を使ったほうがいいと思っています。東京都ですら、まだ民間の水準に達していない中で、インフラにもっと投資をしていかないと、さらに職員が採用できなくなってしまいます。
たとえば、物品の共同調達をすることも水準を上げる一つの方法だと思うので、そういった課題にも取り組みたいですね。
杉井:行政はまだまだ課題だらけで、できることが無限にあります。けれど、エンジニアに敬遠されがちな業界でもあります。
今、デジタル庁や総務省がさまざまな規制を取り払うような動きを始めていますが、「ガブテック業界はおもしろそうだ」と思ってもらえるような発信が必要です。そのためには、新しいツールやフレームワークを取り入れて成長できる環境を作ることと、それに見合った給与がもらえるようにすること。
システムの標準化・共通化が進めば、もっと自由なマーケットになるはずなので、東京都とGovTech東京が力を合わせて、新しいエコシステムを作っていきたいですね。
※ 記載内容は2023年10月時点のものです