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“行政DX先進国”で学んだ行政サービスのこれから──海外派遣研修で見えたこと
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世界のデジタルテクノロジーの潮流を学び、都政の課題解決に還元するため、東京都ではデジタル人材育成の一環としてICT職の海外派遣研修を実施しています。令和5年度の研修に参加した鈴木と涌田は、それぞれ何を学び、これからのキャリアにどう活かすのか?研修を振り返りながら語ります。
鈴木(東京都/ICT職)
デジタルサービス局総務部デジタル人材戦略課 課務担当。2021年東京都庁に入庁。水道局でアプリの企画開発に携わる。2023年4月からは民間企業との人事交流で、大手IT企業へ派遣され、UI/UXデザイナーとして業務にあたっている。
涌田(東京都/ICT職)
デジタルサービス局戦略部デジタル推進課各局支援担当 。学生時代は情報工学、知識科学を専攻し、2022年東京都庁に入庁。デジタルサービス局と総務局を兼務し、ICT職として総務局の各事業に関する技術的な課題を支援。現在はデジタルサービス局で各局のDX支援に携わっている。
サービスデザインやサービス品質向上のヒントを得るため海外派遣研修へ参加
──東京都は、デジタル人材育成のためにさまざまな研修を用意しています。その中でお二人は、ICT職を対象にした令和5年度のICT職専門研修(海外派遣研修)に参加されました。まずは、海外派遣研修について簡単に教えてください。
鈴木:海外派遣研修は令和4年度から開始された研修です。ICT職が、進展スピードの早いデジタルテクノロジーについて世界の潮流を学び、それを都政課題の解決に活かすことを目的としています。一定の要件はありますが、あらかじめ決められたプログラムがあるわけではなく、研修生が自分で訪問先や研修内容を考え、訪問先との調整なども自ら行います。
──自主性の高い研修なのですね。研修生はどのように決まるのでしょうか?
涌田:希望者を立候補で募り、自分で考えた研修プランをプレゼンしたり、英語力のチェックを受けたりして、審査を経た上で研修生が決まります。年齢の上限などはなく、幅広いキャリアの人材が参加しています。
──お二人が海外派遣研修に参加しようと思った理由を教えてください。
鈴木:デザイン思考を用いて顧客視点でサービスの価値を生み、それを継続的に提供できる仕組みを作るサービスデザインが注目されています。東京都をはじめとした自治体でも取り入れていこうという動きがあるため、そういった視点でのサービス構築が進んでいるヨーロッパで学んでみたいと考えました。
私は昨年度、水道局でアプリの企画・開発を担当したのですが、その際にユーザー視点の重要性を実感したんです。そこで、海外の自治体がどのようにユーザー視点を持って開発をしているのか、ユーザーからのフィードバックをどう活かしているのかを知るために研修に参加しようと決めました。
涌田:私は、都庁各局が取り組んでいるデジタルサービスを支援する仕事をしています。職員によってデジタル分野に関する理解度が異なる中で、事業にあわせてデジタル技術を活用できず、その結果、ユーザーに適切な価値を提供できないケースがあるという課題があったんです。
また、業務に追われてサービスの質にまでこだわれないという状況も見てきました。けれど、その課題を解決するためのきっかけをなかなか見つけることができなかったので、海外でさまざまな事例を学びたいと考えました。
ヨーロッパやアメリカで行政サービスの考え方やガイドライン運用方法を学ぶ
──実際の研修の内容を教えてください。鈴木さんはヨーロッパの事例を学んできたとのことですが、どのようなプログラムを組みましたか?
鈴木:約3週間の日程で、デンマーク、イタリア、スウェーデン、エストニアを訪問しました。デンマークでは、行政の仕事も行っているデザイン会社や非営利団体を訪問し、デザインイベントにも参加。その後イタリアに移動し、コペンハーゲンのデザインスクールが主催するワークショップに参加しました。
スウェーデンとエストニアでは、自治体のほか、行政と連携してサービス開発をしている企業を訪問してきました。
──デザイン思考やサービスデザインについて学んだことで、印象に残っていることを教えてください。
鈴木:デンマークで訪問したデザイン会社は、行政に対して統一感のあるデザインを提供していて、UX(ユーザー体験)をとても大切にしていました。ペルソナの分析やカスタマージャーニーマップ(ユーザーがサービスを知り、利用するまでの体験を可視化したもの)の作成など、サービスを提供するためのプロセスがとても丁寧に行われていたんです。
公共デザインに携わるということは、非常に大きな責任を負うことだと言えます。だからこそ、サービスの一部分だけを見るのではなく、使う人の一連の行動を通して、ユーザー体験を作り上げるべきだと学びました。
──涌田さんは、どのような研修プログラムを組みましたか?
涌田:私は約10日間、アメリカ・マサチューセッツ州のボストンに行ってきました。現地の経営大学院でイノベーションのアプローチ方法を体系的に学んだほか、ボストン市役所のデジタルサービスチームを訪問しました。
──ボストンを訪問先に選んだのは、どのような理由からですか?
涌田:ボストン市は、ホームページをリニューアルした際にブランドガイドラインを策定し、そのガイドラインを活用してホームページの統一感を保ちながら改善し続けています。もともとガイドラインの活用方法に課題を感じていたこともあり、職員がどうガイドラインを実践しているのかを知りたかったのです。
経営大学院は、ガイドライン策定や活用の際に活かせるフレームワークや、説明する際に必要となる体系化の知見などを学びたいと考え、コースを選びました。
多面的に市民の声を集めてサービス品質を向上──日本との違いが今後の参考に
──海外派遣研修でとくに印象に残っていることを教えてください。
涌田:行政のDXはチャレンジングな部分もたくさんある中で、技術だけではなく事業として成り立たせることが重要であると学んだことが印象に残っています。
とくに、ボストン市のホームページのリニューアルを手がけたデザイン会社の「ビジネス・技術・人の3つが重なるところでイノベーションが生まれる」という考え方は新たな発見でした。DXというと、どうしても技術やビジネスに着目しがちですが、人にも重きをおくことが大事だという点が個人的に響きました。
──そういった考えを今の仕事に活かせている部分はありますか?
涌田:メールでうまく伝わっていないと感じたらチャットや対面で補足するなど、これまで以上に「伝わる努力」をするようになりました。各局のDXを支援する立場として、技術支援と事業の進行、ユーザー体験の3つのバランス感覚を大事にしながら取り組んでいきたいと思っています。
また、アメリカでは経営幹部の人たちと話をする機会も多くありました。ビジネスや価値提供への価値観や考え方に触れることができ、視野が広がったと感じています。
──鈴木さんは、研修でとくに印象に残ったことは何ですか?
鈴木:ほとんどの組織で、アイデアの共通認識を図るために、紙や糊を使ったり、フリーで使えるソフトウェアを使ったりして、すぐにプロトタイプを作るんです。まず形にしてみてからチームでブラッシュアップしていくという進め方がすごく良いなと感じました。手を動かしながら考えるスタイルが新鮮でした。
──行政のDXに関しては日本のとの違いを感じましたか?
鈴木:エストニアはデジタル政府として有名な国なのですが、行政と企業、そして国民が協力しながらとても早いサイクルでサービスを改善しているんです。それができる要因として、サイトを訪れる人がフィードバックを送信するための仕組みが備わっています。
また、エストニアの人たちは日本人と同じように控えめな国民性ではあるものの、行政に参加したいという思いを持っている方が多いそうです。そのため、デジタルIDと連携させて行政に対する意見を表明したり、それに対して他の人が同意できたりする仕組みがあります。
その土地に住んでいる人の特性を活かしてサービスを作る重要性を再認識しました。
涌田:ボストン市も、市民の声を聞く施策は積極的に取り入れていました。地域のNPO組織などと連携してシステムの対象となるユーザーを集めていたり、投書箱のようなものを公共施設に設置していたり。多面的に市民の声を集めている点は真似できると思いました。
デザイン、人、技術をつなぎ、市民も職員も満足できる仕組みを作りたい
──海外派遣研修を経験して、東京都でこれからどういったことに挑戦していきたいと考えていますか?
涌田:東京都にもさまざまなデジタルサービスがありますが、ユーザーとの距離があり、きちんと向き合えないままサービスを提供しているものがあると感じています。そういった課題を解決するため、私たちが職員と専門技術を持った人たちとの橋渡し役になっていきたいと思います。
また、DXの支援をする私にとっては東京都の職員もユーザーなので、職員の働きやすさと満足感をかなえられるサポートをしていきたいですね。CX(カスタマーエクスペリエンス/顧客体験)とEX(エンプロイーエクスペリエンス/従業員体験)を両立できるような知識を身につけたいと考えています。
鈴木:私は今、民間企業との人事交流でIT企業に派遣されていて、UI/UXデザイナーとして働いています。その視点からあらためて東京都のサービスを見つめ直すと、もっと良くできる部分がたくさんあると感じました。
東京都では、サービスデザインガイドラインを策定するなど変化してきていますが、私自身も海外研修や民間企業で学んだことを活かして、東京都で提供するサービスの体験価値を向上させていきたいと思っています。
そして、今回の研修で学んだように、アイデアをすぐに見える化してチームでの共通認識を高めたり、ユーザーのフィードバックをより良いサービスにつなげたりする役割を担っていきたいと考えています。
──お二人のように、市民目線を持って幅広く行政サービスを考えられるデジタル人材が増えていくと、さらに変革が進んでいきますね。最後に、東京都のDXに取り組むなら、どのような人が向いていると思うか教えてください。
涌田:東京都は配属される部署によって仕事が大きく変わります。実際にネットワークや基盤を運用することもあれば、私のように各局の取組を支援する立場になることもあります。そのため、専門知識を持っていればいいわけではなく、「行政×デジタル」のバランス感覚が必要です。
あとは、一緒に働く人の想いに寄り添いながら、専門的なスキルを活かして働きたいという人は向いていると思います。
鈴木:私は、変化を楽しめる人が向いていると思いますし、そういう人と一緒に働きたいですね。涌田さんの言う通り、配属先によって仕事がまったく違うので、経験したことのない業務を任せられることもあります。そんな状況でも楽しめる人、自分の意思を持ってやり遂げられる人が向いていると思います。
※ 記載内容は2024年1月時点のものです